ヒトの高次思考は外界の事象を脳内に表象する能力に加えて、表象に対して能動的に操作を加えて変換する能力によって可能となる。局所脳領域活動と脳領域間信号伝達の相互作用を解析することで、認知操作の脳内メカニズムを解明することが本研究課題の目的である。まず健常人を対象とした機能的核磁気共鳴画像実験により、視覚刺激に対する後方連合領域の活動レベルの変動に応じて前頭前野の活動が適応的に変化し、さらに前頭前野から運動関連領域に対して試行ごとに適切な制御信号が送られることが明らかとなった。これは外界の変化に対して柔軟に行動を切り替える認知操作の特性のメカニズムの一端を明らかにしたものといえる。また本研究で開発された磁気刺激・脳波併用法(TMS-EEG)を用いた実験を行い、前試行における判断が次の試行の判断にバイアスをかけること、そして前頭前野から後方連合領域に対する信号伝達効率の変化としてこのバイアスが維持されていることが明らかとなった。この結果は私たちの知覚認知、行動制御がその時点における神経回路の結合状態によって左右されることを示すとともに、すでに我々が示した脳領域間の信号伝達効率の履歴依存性を再現したことになる。TMS-EEG法を用いることで健常人の脳シナプス機能を解析するという画期的な成果に向けて大きく前進したものといえる。さらにモーション・キャプチャー・システムと経時的握力測定装置を導入し、認知操作における意思の成立過程を連続的に評価する行動課題を設計した。TMS-EEG法を用いた脳領域間信号伝達効率推定により、前頭葉フィードバック系の機能を明らかにするとともに、これが意思の成立過程に深く関与するという独創的な仮説を検証するものである。
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