知覚的に捉えた他者の身体運動と自分の身体運動のイメージを適切に対応づける能力、「身体マッピング」は、他者の行為の認識、共感、さらには言語に代表されるシンボル使用など、ヒト特有の認知機能の基盤とみなされる。ヒトは生まれつき、自分の目では確認できない他者の表情を模倣できるといわれ、ヒトの生得的有能性を示す証拠として位置づけられている。しかし、新生児の身体マッピングを可能にする神経学的メカニズムや、その発達のプロセスについては、いまだ実証的な解明がなされていない。 平成19年度から、身体マッピングの進化史的起源を解明すべく、チンパンジー胎児の自己身体知覚能力、および社会的認知能力を実証的に検討した。チンパンジー胎児の行動は、4次元超音波画像診断装置(胎児の身体の動きをほぼリアルタイムに近い状態で立体的に映し出すことのできる装置)を用いて観察した。その結果、身体成長に関しては、受精後16週齢頃までは、チンパンジーとヒトの成長速度はほぼ同じであり、その後徐々に差が生じ、チンパンジー胎児の方が相対的に小さくなることが明らかとなった。運動に関しては、ヒトの胎児と同様にチンパンジー胎児も口を開閉する、手を口に入れるなどの行動が見られた。また、こうした行動の初出時期はヒトの胎児とほぼ同じであった。さらに、チンパンジー胎児を対象として、聴覚刺激に対する反応を調べた。胎児になじみのある声(同種の母親声)となじみのない声(同種の見知らぬ女性の声)を提示刺激とした。これまでの研究で、ヒト胎児については、妊転中期(23-30週GA)ですでに母親の声が聞こえると活発に口唇部を動かすことがわかっている。それに対し、チンパンジー胎児では両者を区別する反応は認められなかった。
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