本研究は、ヒト特有の認知機能の進化史的、生物学的基盤を解明するため、ヒトを含む霊長類の認知機能を実証的に比較することを目的とした。とくに、発達の視点を重視し、ヒトの認知機能の成り立ちをあきらかにする探るアプローチから研究を進めてきた。具体的には、ヒトという種に特有とみなされてきた発達初期の認知能力を異種間で実証的に比較し、どの部分がヒト以外の霊長類と共通し、どの部分がヒト独自のものなのかを客観的データで示す試みをおこなってきた。H21年度のおもな成果を以下に示す。 (1)ヒト早産児における聴覚-運動マッピング能力の発達的基盤 ヒト新生児は、他者の表情のいくつかを自己身体運動として模倣する。こうした新生児期の模倣は生後2か月で消えるとされる。本研究では、通常より数か月早くに誕生した低出生体重児(早産児)を対象に、受精後40週の時点で新生児模倣能力について検証した。その結果、早産児は出生後2か月以上経過しているにもかかわらず、新生児模倣とみなせる反応が確認された。これは、新生児模倣とその後ヒトだけが発達させる高度な模倣能力との発達的関係について重要な示唆を与えるものである。 (2)乳児期における自己の行為経験が他個体の行為の知覚に与える影響 生後1年未満のヒト乳児およびチンパンジーの成体を対象に、自己の行為経験が、他個体の行為の知覚にどのような影響を与えるかを調べた。目を目隠しで覆う行為経験をヒト乳児とチンパンジーに施した後、同じ目隠しをした他個体が、(1)目隠しをしているのにゴールに達成する不自然な行為と、(2)目隠しをしているからゴール達成に失敗する自然な行為を対提示した。その結果、事前に目隠し経験をおこなったヒト12か月児は、他個体の行為を適切に理解した。チンパンジーとの比較では、チンパンジーは、チンパンジーが注意を向けるのは、おもに他個体が操作している物であり、経験共有の有無による差異は認められなかった。ヒトでは、他個体の行為の知覚は、自己の身体経験により柔軟に変化することがわかった。
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