本研究は、ヒト特有の認知機能の進化史的、生物学的基盤を解明するため、ヒトを含む霊長類の認知機能を実証的に比較することを目的とした。とくに、発達の視点を重視し、ヒトの認知機能の成り立ちをあきらかにする探るアプローチから研究を進めてきた。具体的には、ヒトという種に特有とみなされてきた発達初期の認知能力を異種間で実証的に比較し、どの部分がヒト以外の霊長類と共通し、どの部分がヒト独自のものなのかを客観的データで示す試みをおこなってきた。本年度のおもな成果は、以下の2点にまとめられる。 (1)ヒト新生児における聴覚-運動マッピング能力の発達的基盤 ヒト新生児は、他者の表情のいくつかを自己身体運動として模倣する(視覚-運動マッピング)ことができるといわれている。本研究では、新生児が他者の声(聴覚刺激)と一致した形状で口を動かすこと(聴覚-運動マッピング)を実証した。新生児は自ら咽頭を調節し、音声を構音、模倣することはできない。しかし、他者が/a/a/a/と発した音声を聞くと/a/を発するように口を開けるなど、他者の発声に付随する口唇部運動を自己の身体運動としてマッピングする能力をもつことがわかった。さらに、こうした能力は、手による到達-把握協調運動の発達と相関関係をもつことも明らかにした。 (2)自己の行為経験が他個体の行為の知覚に与える影響 生後1年未満のヒト(Homo sapiens)乳児と成体およびチンパンジー(Pan troglodytes)幼児と成体を対象に、他個体の行為(目的指向的行為)の知覚が両種間でどのように異なるかを、視線検出装置を用いて調べた。その結果、ヒトでは生後12か月ごろに、行為の目的を予測しはじめる可能性が示された。また、ヒト成体とチンパンジー生体は、同じレベルで行為の目的を予測していること、ただし、チンパンジーは、ヒトのように他個体の表情と物とを見比べるなど社会的手がかりに注意を向けることはほとんどないことも明らかとなった。
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