本研究は、ヒト特有の認知機能の進化史的、生物学的基盤を解明するため、ヒトを含む霊長類の認知機能を実証的に比較することを目的とした。とくに、発達の視点を重視し、ヒトの認知機能の成り立ちをあきらかにする探るアプローチから研究を進めてきた。具体的には、ヒトという種に特有とみなされてきた発達初期の認知能力を異種間で実証的に比較し、どの部分がヒト以外の霊長類と共通し、どの部分がヒト独自のものなのかを客観的データで示す試みをおこなってきた。 本研究課題において注目したのは、さまざまな感覚情報(視覚、聴覚など)を「柔軟に」統合させ、さらに身体運動へと変換させる認知能力である。これまでの研究で、こうした感覚-運動変換システムは、ヒトが進化の過程で独自に獲得してきた種特有の能力であることがわかってきた。たとえば、ヒトは生まれながらに他者の表情のいくつかを自分の表情として模倣できる。しかし、こうした発達初期の感覚統合-運動変換能力は、すでにこの時点で種特有のものであるのか、あるいは、他の霊長類も共有する時期があるのかについてはほとんどわかっていない。 こうした問題を解明すべく、本研究課題では、ヒトとチンパンジーを主たる対象として、胎児期から新生児期、乳児期にかけての感覚統合-分化と運動変換能力の発達過程を実証的に比較してきた。得られたデータにもとづき、両種の類似性、差異性を示すことで、ヒトの知的特性の発達とその機構を明らかにする試みを続けてきた。
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