室内空気の汚染物質である低濃度の揮発性有機化合物は化学物質過敏症やシックハウス症候群の原因物質として問題視されている。トルエンの曝露が脳に影響を及ぼすことは知られているが、化学物質に対して脆弱な幼若個体の脳への影響解析はあまり進められていない。前年度研究より、脳の性分化に対して重要な作用を有する雄胎仔ラットのテストステロン分泌がトルエン曝露によって低下することが明らかになった。そこで、トルエン曝露によるテストステロン分泌低下の原因を調べるため、脳の性分化の臨界期に含まれる胎生後期にトルエンを曝露した雄胎仔ラットの精巣を採取して、テストステロン合成に関わるステロイド産生酵素の発現に対するトルエンの影響について解析した。その結果、3β-HSDのmRNAおよびタンパク質の発現レベルはトルエン曝露によって低下することが明らかになった。しかし、P450scc、P450C17および17β-HSDの翠現レベルはトルキンの影響を受けなかった。以上のことから、トルエン曝露によるテストステロン分泌低下は精巣での3β-HSDの発現低下に伴うテストステロン産生能の低下に起因すると考えられた。形態学的な性差がみられる性的二型核は脳の性分化過程において形成され、発達期でのアポトーシス細胞数の性差が成熟期のニューロン数の性差を生じさせる一因と考えられている。ラットの性的二型核の一つであるSDN-mAの新生仔期のアポトーシスに対する周生期トルエン曝露の影響を検討した結果、SDNrPOAにおいて観察されるアポトーシス細胞はトルエン曝露によって増加することが分かった。他方、新生仔ラットの尾状核一被殻のアポトーシス細胞数はトルエン曝露によって変化しなかった。脳の性分化の臨界期である周生期に曝露したトルエンの影響によって性的二型核の組織構造が変容する可能性があると考えられた。
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