近年、胎児や小児に対する環境リスクの増大が懸念され、環境中の化学物質に対する子供の健康影響について関心が払われている。発達途上にある胎児や小児の脳は性的に分化する。発達期の精巣から分泌されたテストステロンの働きは脳の性分化にとって重要である。成人男性や成熟雄ラットの血中テストステロン濃度はトルエン曝露により低下することが報告されている。これまでの研究から、胎生後期の雄ラットの血中テストステロン濃度が妊娠ラットのトルエンの吸入曝露によって低下し、この濃度低下は精巣のテストステロン産生に関与する酵素である3b-HSDの発現量の減少が一原因であることを示した。性分化した脳には、構造の性差がみとめられる部位(性的二型核)が存在する。ラットの性的二型核の一つであるSDN-POAの体積とニューロン数は雄において雌よりも優位である。SDN-POAの構造の性差形成のメカニズムの全貌は未解明であるが、新生仔期の雌ラットのSDN-POAではアポトーシスによって死滅する細胞数は雄よりも多く、このアポトーシスの性差がSDN-POAの性差形成に関与すると考えられている。SDN-POAの新生仔期のアポトーシスに対する周生期トルエン曝露の影響を検討した結果、アポトーシス細胞はトルエン曝露によって増加することが分かった。さらに、周生期にトルエンを曝露したラットの成熟期におけるSDN-POAの体積を計測したところ、トルエンを曝露した雄ラットのSDN-POAの体積は正常雄よりも縮小していることが確認された。以上のことから、脳の性分化の臨界期である周生期に曝露したトルエンの影響によって性的二型核の組織構造が変容する可能性があると考えられた。
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