研究概要 |
鋼材の水素脆化メカニズムはその重要性にも関わらず, まだ十分に明らかにされていない.この原因は, 金属材料中の水素の複雑な挙動に起因していると考えられる.多くの金属材料において, 材料全体の平均的な水素濃度はppmのオーダーであるが, 格子欠陥のまわりには遥かに高濃度の水素が存在することが指摘されており, それらの水素が格子欠陥の安定性や運動挙動に強い影響を及ぼしていると考えられる.したがって, 水素脆化メカニズムを解明するためには, 材料中の各種の格子欠陥への水素の配位状態と配位量, 拡散性の水素の量を明らかにし, 現実的な水素量のもとで様々な格子欠陥やき裂がどのように振る舞うのかを知る必要がある.本年度は, (1) 原子レベルシミュレーションを用いた研究として, 鉄中の様々な格子欠陥(原子空孔, 刃状転位, らせん転位, 対称傾角粒界,ねじり粒界, 積層欠陥, 自由表面)への水素のトラップエネルギーを評価した.また, (2) き裂先端まわりの変位・ひずみ分布を高解像度で直接的に観察するために, 原子間力顕微鏡(AFM)画像へデジタル画像相関法を適用する際に生じる誤差を大幅に減らす手法について検討した.(1)の解析により, 自由表面, 高エネルギー粒界, 刃状・らせん転位芯が, 実際的な高圧水素環境で高濃度に水素をトラップするトラップエネルギーを有することが明らかになった.これらの領域では, 鉄原子と同程度の比率で水素が存在する.(2)の検討の結果, AFM画像を取得する際に二種類のスキャン方向を組み合わせることで, 低周波数の外乱である熱ドリフトによって発生する誤差を大幅に減らす手法を開発した.また, 試験環境の温度制御やスキャン速度の調整による精度向上も行った.
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