本研究の目的は、多チャンネル・サラウンド・コンテンツをヘッドホンにより再生するための音楽再生環境の開発を行うことである。この研究の背景としては、若者を中心とする主に屋外でのヘッドホン聴取人口の増加、そしてそれに呼応するように増加する家庭でのサラウンドシステムという、二極化しつつある音楽再生環境がある。多チャンネルの家庭用機器向けコンテンツから、ポータブル機架のヘッドホン再生用コンテンツが自動的に生成できれば、音楽制作者たちの負担は著しく軽減される。 今年度は、5チャンネルで用意された音素材を2チャンネルへと変換(ダウンミックス)する際に用いられる複数の一般的方法と提案手法との印象評価実験を行うとともに、インタビューを実施した。9つの音素材について、変換手法は前方LRチャンネルのみ使用、ITU-R BS. 775-2に基つぐダウンミックス(最も広く用いられる従来手法)、提案手法、頭部モデル、実際の部屋において疑似頭で録音したもの、の5種類であった。また、評価項目は、横の広がり、前後の奥行き、音色の自然さ、空間の自然さ、好みの5評価語を用いた。 その結果、提案手法は音の広がりが狭くなり前方に遠く感じることで、実際の部屋での再生に近づくことが分かった。また、従来手法と比較して音色の自然さが損なわれることが少なく、空間の自然さの評点は高かった。好みに関しては従来手法と提案手法はほぼ同等であった。なお、音素材の種類(ロック、クラシックなどを使用)によって各変換手法の評価が大きく異なることはなかった。 類似研究においては頭部伝達関数や頭部モデルを用いる手法が提案されているものの、各個人ごとに測定したものを用いない限り、空間の自然さなどが損なわれてしまう。今回の提案手法を用いることでヘッドホンのための目然な再生環境が実現できると考える。
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