研究概要 |
本研究の目的は,パスワード・所有物・バイオメトリクスによる認証方式と異なる新たな認証手段として,ユーザの負担が小さく,盗難の危険性がなく,認証に対する証明意思表示が可能な,聴覚記憶を用いた認証方式の実現可能性を検討することである.ユーザは認証者から同時提示される音刺激群の中にユーザ本人のみが鋭敏に検知できる刺激を確認し,その情報を認証者に返答する.本人以外には他の刺激との弁別が困難な刺激を用いることで,認証者は本人と詐称者を弁別できるしくみである. 本年度は発話者本人にのみ他人と異なる聴感がある自声聴取音を想定し,その収録・再提示方法を昨年度に引き続き検討した. 今回,自声聴取音は外耳道に挿入した空気伝導型マイクと,乳状突起に固定した肉伝導マイクで同時に収録した音信号を発話者本人に調整させた割合で混合して作成した.正常な聴覚の男女10人ずつに対して求めたところ,男性被験者については,個人差はあるもののほぼ肉伝導音声を7割としたときに自声聴取音に近づくことがわかった.女性被験者については,ばらつきが大きく,一定の傾向が観察されなかった.刺激は骨伝導ヘッドフォンで提示した. 作成した自声聴取音をユーザ認証に用いるために,自声聴取音に対する発話者本人の反応と他人の反応が異なる必要がある.その非対称性を実験的に調べた.相異なる単語を同時に発声している複数人の音声をモノラル提示し,その中に目標とする相手の音声があるかを可能な限り早く回答させた.正常な聴覚の男女10人ずつに対して実験を行ったところ,男性の被験者については,同時発声人数の増加に対して,本人と他人とで反応速度の増加傾向に有意ではないものの差があった.この傾向は女性被験者ではより小さかった.これらの結果から自声聴取音声の探索は,発生者本人と他人とで大きな差が無く,聴覚記憶認証における提示刺激として用いるには不十分であることがわかった.
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