研究概要 |
2008年度は, カラスを用い, 音声による個体認知の実験心理学的検証と, 個体認知に基づく優劣関係の維持に関わる神経基盤の解明を試みた。 【音声による個体認知】飼育下のハシブトガラスのコンタクトコールの音響解析を行い, 個体識別信号の可能性を検証した。26の音響パラメーターをもとに, 声紋分析を行った結果, 明瞭な個体性が見られた。また, GO/NO-GOオペラント課題を用いた, 他個体のコンタクトコールの弁別を行った結果, 4個体から各々1サンプルずつのコールを訓練に用いただけにも関わらず, 新規なコンタクトコールに対する弁別の転移が見られた。これは, カラスのコンタクトコールが個体内で極めて類似していることを示唆し, 個体識別信号として機能している可能性を示す。 【遺伝子発現を指標とした個体認知に関わる脳領域の同定】優位個体および劣位個体の認識時に活性化する脳領域を, 最初期遺伝子ZENKの発現量を神経活動量の指標として大脳を中心として網羅的に探索した。対面相手の優劣関係と既知性を因子とし, 対面時に被験体が示した服従行動, 攻撃行動, 音声行動, および中立行動を変量として, 各脳部位の神経活動量を説明変数とした多変量線形モデルを用い, 各脳領域が他個体認知のいかなる側面に関与しているのかの解析を行った。結果, (1)中隔内の複数の亜領域の神経活動と攻撃・服従行動の発現との相関, (2)海馬およびその近傍領域の神経活動と対面相手の優劣関係および攻撃・服従行動との相関, (3)外套尾部腹外側領域の神経活動の発現と対面相手の既知性との相関, が見られた。これらの領域は, 神経連絡があることが鳥類他種で知られていることから, 中隔-海馬-外套尾部腹外側領域というシステムが, 個体認知に基づく優劣関係の維持に関与していることが示唆された。
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