視覚情報の知覚過程に知識や経験がどのように関わっているのかを調べるために実験課題に将棋を用い、棋力と将棋の局面を見た時の脳波活動の関係を解析した。被験者は上級者(アマ四段程度)、中級者(アマ初段程度)、初級者(アマ六級程度)の3グループから構成されている。実験では10枚程度の駒から構成された定跡形(将棋において意味のある駒組)とデタラメ形をそれぞれ50回ずつ提示した。被験者は将棋の局面が提示された5秒間で駒組を記憶し、その後モニタに現れた将棋盤と駒を使って提示された駒組の再現を試みた。定跡形を提示した時の記憶の正確さは被験者の棋力と高い相関があり、本課題の遂行には課題についての知識や経験が重要な役割を果たすことを確認した。次に脳波解析の結果についてであるが、本研究では駒組の記憶より知覚過程に興味があるので、将棋の局面が提示された直後の脳波活動に重点を置いて解析を行った。得られた結果は以下の通りである。被験者が上級者の場合は、定跡形が提示されると約150ミリ秒後に頭頂部のアルファ波帯域で位相固定指標の値が増加した。この位相固定指標は試行間での位相の再現性の高さを評価する指標であり、このことはアルファ波が高い再現性を持って知覚過程に関連していることを示唆している。また、この位相固定指標の増加は中級者や初級者では観察されず、さらに将棋において意味のないデタラメな駒組が提示された場合も現れないので、将棋の知識を活用した知覚情報処理過程を反映したものであると考えられる。
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