本研究の目的は人の記憶想起のダイナミクスを計算論モデル-人被験者実験の複合解析により明らかにすることである。平成20年度は、海馬の記憶の計算論モデルの解析及び、計算論モデル-人被験者実験の複合解析を行った。昨年度までの研究では、海馬のシータ位相歳差により得られる階層的記憶ネットワークが選択的な記憶想起に有用であることを明らかにしたが、その一方で入力時系列の構造と階層的ネットワークの構造の対応は明らかでなかったため、複合解析の結果の解釈が多義的になることが問題だった。そこで計算論モデルの定量的な解析を行った。結果として、階層的ネットワークを決めるのは入力時系列データの1Hz程度の低周波数成分であることを明らかにし、入力から記憶回路を定量的に推定することが可能となった。以上の成果は国際学会(ICONIP2008)にて発表を行った。次に、計算モデル-実験の複合解析として、記憶貯蔵中の眼球運動及び脳波シータパワをモデルの入力として与え、計算モデル上の想起と人被験者の想起成績を比較した。すると計算モデルの想起は、他のパラメタ(瞬き頻度、サッカード頻度など)と比べてよりよく被験者の想起成績を予測することが明らかになった。さらにクラスター分析を行ったとろ、計算モデル上の想起は人被験者の想起成績ともっとも類似することも明らかになった。これらの結果は、人に位相歳差のダイナミクスが存在しうることを意味し、特に眼球運動・脳波シータパワの低周波数成分が記憶回路形成に重要な役割を果たすことを示唆する。以上の成果は投稿準備中である。さらに、脳波の低周波数成分は記憶貯蔵ダイナミクスと関係することが予期されるが、1Hz程度以下の脳波はアーチファクトの問題から測定か困難である。予備的なデータ解析によれば、脈波、呼吸を組み合わせることでより信頼性の高い脳波計測ができることを明らかにした。
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