昨年度に引き続き、短期記憶の神経基盤と考えられている大脳皮質の持続的神経活動の細胞・神経回路レベルのメカニズムに関して数理モデルを用いた研究を行った。空間位置の短期記憶を司る神経回路としてこれまで広く提案されている構造(結合様式)に基づいて、錐体細胞の細胞体近くに投射する介在神経細胞を介した抑制と、樹状突起分枝の遠位部に投射する細胞を介した抑制のいずれもを含むモデルの構築・精緻化を進めた。具体的には、樹状突起上のシナプスの分布様式に関して、最近示唆されている、可塑性に際する電気的・生化学的な近接相互作用によって相関する入力が樹状突起上の近い場所にマップされる(強いシナプス結合が形成される)可能性を取り入れるなどした。そしてモデルの数値シミュレーション・解析を行い、樹状突起分枝上における興奮性・抑制性入力の局所的な相互作用が、回路が非特異的な入力を受けた場合に、その強度に拠らずに、低い活動状態が安定に保たれ、「誤った記憶」が作られないため、の機構として働いている可能性などを示した。また、異なる抑制性経路のそれぞれが神経修飾因子などによって異なる調節を受けた場合の回路の挙動を調べ、そうした調節や修飾が短期記憶・ワーキングメモリーの機能、およびその障がいとどのように関わるかについての示唆を得た。さらに、空間短期記憶に関して得られたこうした機構がより一般的に働いている可能性を調べるため、異なる種類の短期記憶の関わる認知機能、特に、数量(離散的な数、及び連続量)の認知について、異なる種類の抑制性相互作用や樹状突起上の局所的作用を取り入れた数理モデルの構築に取り掛かった。そして、あまり解明されていない細胞の数選択性の形成機構に関して、樹状突起上の局所的相互作用・局所的抑制に基づいて、実験的に検証可能と考えられる新たな仮説を提唱した。
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