研究概要 |
ことばの意味的な曖昧さ(語彙的曖昧性)が脳内でどのように表現され,また,それがどのように解消されて状況に適した意味が選択されるのか,そのメカニズムについてこれまで多くの行動学的アプローチがなされ,いくつかの処理モデルが立てられてきたが,その脳内処理の神経基盤は未だ明らかになっていなかった。本研究では,脳磁場計測法(MEG)を用いて,語彙的曖昧性を含むことば(多義語)の意味を先行情報(文脈)によって一つに確定するときの脳活動の部位と時間的変化を調べ,その結果から,語彙的曖昧性の解消に左半球の下前頭部の働きが重要であることを明らかにした。具体的には,多義語の呈示直後には,文脈に関係なく候補となる複数の意味表象が自動的に活性化され(ボトムアップ的意味処理),呈示約0.2秒後には左半球下前頭部において文脈を利用した意味検索(トップダウン的意味処理)が開始し,その後,文脈的に合わない意味表象の活性化は抑制されて,呈示約0.5秒後には文脈に合う一つの意味に確定されることを示唆した。これらの結果は,脳が文脈を利用して語彙的曖昧性を解消するメカニズムを,その活動の時間的・空間的側面から初めて詳細に示したものであり,候補となる複数の意味表象が一旦は並列的に賦活し,その後,与えられた文脈などの手がかりによって意味が一つに収束するとする行動学的アプローチで得られたモデルを神経生理学的アプローチからサポートするものである。
|