本研究では、高齢者の健やかな生活を支えるモノとの相互浸透関係について明らかにすることを目的とした。モノは物理的意味だけでなく、シンボルとして意味を持つ。シンボルとしてのモノに支えられ、世界が開けていくことが高齢者の生活のなかで起こっている。そのような関係を従来は相互作用という視点から検討してきた。しかし、モノにおける「人を取り巻いている」という特性から、人とモノを切り離す相互作用ではなく、人とモノを相互浸透関係としてとらえることが妥当である。当研究期間において、在宅高齢者および施設居住高齢者の生活における人工物、植物について検討を行った。それらのモノは高齢者の生活に入り込み、改めて意識化・対象化できない浸透関係にあった。その浸透関係は高齢者が健やかな生活を支えるにあたってどのようにあるべきか、その点を考察するために、高齢者の具体的な日常行動の検討を通して浸透関係の質的差異について提示した。たとえば、施設において高齢者を取り巻いているモノは、私物と同時に、施設のモノが多数ある。一方で、自宅において取り巻いているモノはほぼすべて私物である。そして施設環境においては、モノが入居者同士でやりとりされることが頻繁に見られ、モノは専有するものではなく、贈与されるあり方も確認できた。一方で、専有することが難しい施設だからこそ、モノに固執する場合もあった。さらに、自宅および施設から外出した際には、外出前と後では、取り巻いていたモノとの関係のあり方が変容することを明らかにした。 このように人とモノの相互浸透関係のあり方を記述することによって、これまで検討されなかったモノの世界を明らかにする土壌はできた。しかしながら、高齢者の健やかな生活を支えるモノとの相互浸透関係とはどのようなあり方なのか、その点については検討が及んでいない。その点が今後の課題として残った。
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