有明海の生態系の変化を論ずる上で、流動による物質輸送を明らかにすることの重要性が数多くの研究者から指摘されている。有明海の残差流は大きく時間変動することが指摘されており、この変動特性を把握することは、物質輸送過程の実態を把握する上で必要不可欠である。Yanagi and Shimomura(2006)はボックスモデルを用いて、残差流の季節変動について論じている。彼らの用いた水温・塩分観測資料は大潮時のみで取得されたものであり、季節変動に大潮・小潮周期変動が重畳した場合について検討されていない。そこで、簡単化した実験条件のもとで数値実験を行い、有明海の残差流の季節変動および大潮・小潮周期変動について調べた。有明海湾央における残差流の湾軸方向成分の横断面分布は、夏季の大潮時に上層の水平シアが強化される傾向を示している。それとは対照的に小潮時には水平シアが弱まり鉛直循環が卓越している。冬季にも同様の傾向が見られる。夏季の大潮時におけるエクマン数は小潮時よりも数倍大きくなった。一方ケルビン数は同程度の大きさとなった。鉛直混合が強まり、エクマン数が大きくなると、上層の水平シアが強化されるという傾向は、既往の解析的模型の結果と一致する。しかしながら、数値実験の結果は、解析的模型が示すような、横断方向に対称な流速分布とはならない。数値模型の出力より計算した鉛直渦粘性係数、水位勾配、水平密度勾配の鉛直平均を解析的模型に与え、密度流の断面分布を再度計算した。この場合、大潮時の東岸の北上流が再現できるようになるが、大潮・小潮時ともに数値実験の結果よりも鉛直シアが弱く、水平シアが強くなる傾向を示す。鉛直渦粘性係数、水平密度勾配の鉛直方向の変化も考慮する必要があることが示唆される。
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