低線量域の放射線応答は、よく知られている高線量域照射による放射線応答からの外挿からでは説明できない生物効果が報告されている。この原因は、放射線照射を受けた細胞が、そのストレスに対して液性因子を放出し、培養液を介してその周囲にシグナルを伝達することにより非照射細胞が死滅するバイスタンダー現象によると考えられている。このバイスタンダー効果の誘導機構として放射線照射による細胞膜の応答機構が複数示されており、また細胞膜応答を起こす上流分子としてスフィンゴミエリナーゼが着目されている。 そこで、本研究では、放射線照射によるバイスタンダー効果のメカニズムを解明するため、この現象を引き起こす液性因子としてスフィンゴミエリナーゼの関与について解析した。またスフィンゴミエリナーゼは多種の2価金属イオンと結合することによって活性を示すので、放射線照射後のこれら金属イオンの細胞内の量の変化をPIXE分析により経時的に測定した。さらに細胞障害因子の一つである活性酸素種(ROS)やNOラジカルとバイスタンダー効果との関連について観察した。 スフィンゴミエリナーゼとバイスタンダー効果の液性因子との関連を検討するために、グリオーマA172細胞にX線0.1Gyを照射し、細胞内外の活性化スフィンゴミエリナーゼと2価金属元素の経時的な挙動を観察したところ、細胞内で活性化したスフィンゴミエリナーゼが細胞外へ分泌される挙動が観察され、スフィンゴミエリナーゼの挙動と関連した経時的変化が認められた金属元素はZnであった。従って、スフィンゴミエリナーゼがバイスタンダー因子の一つであり、スフィンゴミエリナーゼ活性にZnが関与することが推察された。また、バイスタンダー細胞内で産生されるラジカル種を測定したところ、NOの産生が観察され、バイスタンダー効果に関与する細胞障害因子の一つはNOであると考えられた。
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