研究概要 |
ベンゼンなどに代表される平面パイ共役系化合物の芳香族性と比べて、6員環と5員環のネットワークからなるフラーレンの球状パイ共役系は非常にユニークな芳香族性を示すことが知られている。これまでフラーレンの芳香族性を研究するには、フラーレン骨格内側に内包された^3He原子のNMR化学シフトが利用されてきたが、その合成には3,000気圧という極端な高圧条件を要する上、内包率も0.1%程度に過ぎず、研究の制約となっていた。 これに対して我々は、"分子手術法"とも呼ぶべき合成法を初めて開発することにより、フラーレン骨格内に水素分子をほぼ100%の内包率で導入することに成功した。さらに、この水素分子が、フラーレンの球状パイ共役系の芳香族性を研究するうえで、鋭敏なNMRプローブとして利用できることを明らかにした。本研究では、これまでほとんど研究例のなかったフラーレンイオン種の芳香族性を解明すべく、水素分子を内包したC_<60>の二価アニオン種の発生およびNMR観測を行った。 具体的には、水素分子を内包したフラーレンH_2@C_<60>に対してCH_3SNaをアセトニトリル-d_3中にて作用させ、二価アニオンの発生を示す暗赤色溶液を得た。この^1H NMRを測定した結果、H_2@C_<60>の二価アニオンの内包水素は26.36ppmという極端な低磁場領域に観測されることがわかった。これは中性状態のH_2@C_<60>の内包水素と比較すると約27.8ppmの低磁場シフトに対応し、このことは二電子還元によってC_<60>の芳香族性が著しく低下したことを明らかに示している。開口部をもつフラーレン誘導体に関しても同様に、二価アニオンのNMR測定を行ったところ、水素分子は8.13ppmに観測された。これは中性状態の内包水素より約15.4ppmも低磁場側にシフトしており、C_<60>の球状パイ共役系が大きく損なわれていても、C_<60>の場合と同じく芳香族性の低下が起こることがわかった。
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