カーボンナノチューブはその構造にして属または半導体になる。半導体カーボンナノチューブの場口には電子の運動の自由度は凍結しているので、熱伝導はフォノンによって支配される。一方、金属ナノチューブの場合には、単純に考えると、伝導電子とフォノンの両方が熱流に寄与すると予測されるが、(極低温を除いた)幅広い温度領域においてフォノンのみによって支配されることが、これまでの我々の研究や他の実験グループによって明らかとなっている。また、フォノンの平均自由行程は非常に長く、これまでの我々や他のグループの理論研究では、1マイクロメートルの単層カーボンナノチューブにおいてさえ熱伝導率は長さに依存している。更に長いナノチューブにおいて熱伝導率が一定値に収束するのか?それとも1次元非線形模型などで古くから議論されているように熱伝導率の発散が起こるのか?いまだ論争中である。 カーボンナノチューブの熱伝導率の長さ依存性に取り組む強力な手法として非平衡分子動力学法がある。しかし、非平衡分子動力学法は熱浴の取り扱いによっては非物理的なシミュレーション結果を導くことも知られている。長さLのカーボンナノチューブの両端に長さL_Bの温度制御領域(簡単のため、この領域もナノチューブとする)を接続する場合、温度制御領域が中心領域と比べて短すぎると(L_B<<L)、中心領域と温度制御領域の界面で非物理的なフォノン反射が起こり非物理的な熱抵抗が生じてしまう。仮に温度制御領域を短くしても非物理的な反射を起こさない様にできれば計算コストは削減され、より長いナノチューブの熱伝導の計算が可能となり、上述の論争に一石を投じる可能性がある。そこで本年度は、温度制御領域を仮想的に半無限大に見立てることによって、中心領域と温度制御領域での非物理的なフォノン反射を抑えることを行った。具体的には、温度制御領域の端の原子層の運動方程式にフォノン吸収項を付加することを行った。このフォノン吸収境界条件をカーボンナノチューブの熱伝導に応用したのは本研究が初めてである。フォノン吸収境界条件を用いた結果、温度制御領域の端の原子層を固定した場合(固定端境界条件)と比べて、中心領域と温度制御領域の界面での温度ドロップが小さくなった、すなわち、界面での非物理的なフォノン散乱が抑制された。本研究で開発したフォノン吸収境界条件のもとでの非平衡分子動力学法は、今後、サブミリメートルのナノチューブなど大規模系への応用が期待される。
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