一般に自殖性の植物では近交弱勢が弱く、個体群存続性への影響は考慮されていない状況だが、野外のストレス環境下で、近交弱勢がより強く現れ、個体群存続性にも影響を及ぼす可能性がある。本課題では、乾燥化や富栄養化など環境の悪化が著しい、貧栄養湿地に生育する自殖性の絶滅危惧植物、イヌセンブリを対象として取り上げる。2007年度は、均一な栽培環境および被陰・乾燥ストレスの程度を制御した野外実験個体群で近交弱勢の測定を行った。近交弱勢の測定は、人工授粉によって作成した自殖・他殖種子を播種し、その発芽・成長率を比較することで行った。野外実験では、ストレス条件として、被陰の程度を高茎草本の刈り取りにより操作し、乾燥条件は比高の高低で変化させた。 室内の栽培環境では、自殖・他殖ともに発芽率は99.5%、半年後のロゼットを形成した段階での生存率はそれぞれ47%と43%と、有意な差はなく、成長率にも顕著な差はみられなかった。従って、栽培条件ではロゼット形成の段階までには近交弱勢は起きないことが明らかになった。ストレス条件においた野外実験個体群では、夏場の乾燥と台風で冠水した影響で、発芽・ロゼット形成までの生存率は0.1%未満と、栽培環境に比べて著しく低かった。いずれの被陰・乾燥条件でも自殖・他殖間での生存率の有意な差はなく、野外のストレス条件下でも近交弱勢は検出されなかったが、撹乱によって生残個体が10個体に満たなかったために正確な計測ができなかった可能性があるため、継続実験が必要と考えられた。
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