最終年度、まず昨年実施できなかった国内調査をおこない、東京大学・一橋大学・国立国会図書館関西館で、上海や香港で発行された中国語新聞『香港華字日報』『同文滬報』『申報』などの関連部分を集めた。これを論文作成や発表準備で、過去の研究期間内に北米で収集した史料の補助資料とした。 本研究は、華僑の自覚が生成する構造を検討し、辛亥革命と華僑史の分離対象化や、華僑アイデンティティの主観的議論の再考、近代北米華僑からの中国研究接近法の有効性など提出するもので、おおむね達成できた。北米華僑には世紀転換期から、僑郷の近代化事業や災害救済に募金し、出身地との紐帯があった。20世紀初頭に北米で中国語日刊紙が相次いで創刊され、その論説や各地からの投稿の掲載によって、華僑の意識や興味の対象に一定の方向性が生じた。その底流を成したのは、本国政治党派の機関誌や広報誌よりも、北米華僑独自の立場を自覚するプロテスタント牧師や新聞記者などの、同郷会館の華商とも異なる新しい華僑知識人が運営する媒体であった。そこでは僑郷を越え中国を「祖国」「本国」とし、華僑と言う独立したカテゴリーを成立せしめることが意識された。その始まりは1905年反米ボイコットと特定でき、以後の米中関係の転換期の度、定式化された自己表現の創出と、その使用頻度の増加と定着、そこから募金活動の勧めや民族の自信と衿持に帰するロジックや言説が発展した。また単に米中関係のみではなく、日中関係の急転期や黄色人種の排斥の議論の時、日本人や在米日本移民に関心を向け、日本・アメリカ・中国そして華僑自身の位置づけを再考した。このナショナルで強い感情表現は一時的で、事件が収束すると解ける。 成果は、幅広く専門的意見を得られるよう日本移民と中国移民双方の学会や研究会で口頭発表を続けた。論文を2本学術雑誌に掲載したが、さらに今後も東洋史と歴史の学会誌に投稿していく。
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