本年度は、昨年度に収集した文献の分析を行い、オウム真理教をめぐる言説についての論文を完成させ発表した(アジア文化研究35(March 2009)、241〜264頁)。論文では、いかにオウム真理教を巡る言説が壮大かつ荒唐無稽の陰謀説や、ことさら教祖の奇矯さに注目する論に貶められ、その結果としてオウム真理教事件が持つ社会への影響力が薄められ、恐怖が嗤いへ転化され、最後に記憶の中で無化されてきたかを小説・映画の分析を通じて見た。宗教として扱うことを拒絶するその一貫性と、家族というものを聖域化する傾向が表出し、日本社会のタブーが垣間見えるものとなっている。このような未曾有のテロ事件に際し、加害者を怪物化することによって閉じてしまう言説を避けることの困難と、この事件が示唆する現代の宗教的なものへの渇望と向き合うことの困難を指摘するとともに、本論文は提言として、大江健三郎の『宙返り』にあるように、宗教を求める心のあり方に焦点を当てた「回収的でない物語」を構築していく重要性を指摘した。また、秋田連続児童殺害事件、和歌山カレー事件、神戸児童殺害事件、奈良児童誘拐事件の報道、文献を収集、分析に着手し、秋田を除いては現地取材を行なった。地域性と怪物化の関連についても、思考を発展させつつある。さらに来年度にむけて、9・11の資料を収集した。それぞれの社会・地域において、ことさらに嫌われたり排除される人物像にせまることで、その社会・地域のタブーに迫る研究として有意義なものである。
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