最終年度にあたる本年度は、昨年度までに集積した二〇世紀における「生物/無生物」をめぐる哲学的思考に関する資料文献の整理と総合に努めた。昨年度までに、(1)生命科学者による「生物/無生物」に関する思考、(2)哲学者による「生物/無生物」に関する思考、(3)生命科学研究の領域における「生物/無生物」概念を定義する言説、(4)生命科学による「生物/無生物」の定義についての社会科学的分析および批評、という4種の枠組みで資料を検討してきたが、今年度はこれらの項の間に発生している相互影響に特に注目し、分析した。この分析の中で特筆すべき主題としては、a.「(1)および(3)からの(2)への影響、あるいは(4)という形での反応」という関係性については比較的容易に確認できたが、b.「(1)および(3)に内在している思想史的な屈曲と、ときにこれを凌駕する形で未来主義的構想を展開する(2)との間のずれ、対照性」というものについては、さらに詳細に検証・考察していく必要があると考えられる。上記b.に関する検証作業としては、二〇世紀生物学・生命科学研究の古典的なパラダイムとなったと考えられるロベルト・コッホの研究とルイ・パストゥールの研究の方法の比較を通じて、彼らの科学的構想における「生物」「無生物」の概念の役割を探った。特にパストゥールに関しては同時代の化学と生物学の位置づけを再検討し、そこにおける「生命」の概念の思想的保守性に注目した。この一九世紀における科学者自身の「生物」「無生物」概念に確認しうる錯綜性と、昨年度までに辿った二〇世紀における科学者・哲学者による「生物」「無生物」概念を対置し、この両者の間にある異同について検討することが今後に残された課題であると考えている。
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