本研究は、アドルノが1961年にかかげた不定形音楽musique informelleの理念について検討することを通して、20世紀前衛音楽の歩みについて反省し、新しい音楽文化を構想するきっかけとなる議論を見出そうとするものである。そこで、不定形音楽の理念の背景となっている音楽思想および音楽作品について明らかにしたうえで、アドルノがこの理念をかかげるに至った事情を調査するとともに、アドルノの音楽美学のアクチュアリティを問いながら、マドルノ以後の不定形音楽のありかたについて考察してきた。具体的には以下の通りである。1、ダルムシュタット国際新音楽夏期講座の紀要雑誌であるDarmstadter Beitrage zur Neuen Musik Bande 1-20を精査し、研究構想にとって重要な箇所を洗い出すとともに、ダルムシュタットの夏期講座に関する資料を収集し、この夏期講座におけるアドルノの果たした役割について調査をおこなった。さらに、アドルノのおこなった講演テキストの検討を進め、20年度中にその成果を発表する予定である。2、アドルノのフランクフルト大学での講義録Vorlesung uber Negative Dialektikの翻訳(共訳)を出版した。その成果をもとに、アドルノの『美学理論』を再検討することで、不定形音楽の理念を支えている根本思想を明らかにできる。3、アドルノの音楽美学のみならず、前衛音楽の美学について語る上で無視できない「音楽の仮象性格」についての論文を執筆した。これは平成20年5月出版予定の本に所収される。
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