本研究は、アドルノが1961年にかかげた不定形音楽musique informelleの理念について検討をおこない、20世紀前衛音楽の歩みについて反省し、新しい音楽文化を構想するきっかけとなる議論をあたえるものである。本年度も引き続き、不定形音楽の理念の背景となっている音楽思想および音楽作品を明らかにしたうえで、アドルノがこの理念をかかげるに至った事情を調査するとともに、アドルノの音楽美学のアクチュアリティを問いながら、アドルノ以後の不定形音楽のありかたを考察した。(1) ダルムシュタット新音楽国際夏期講座におけるアドルノの活動について、雑誌Darmstadter Beitrage zur Neuen Musikや、アドルノの講演論文「不定形音楽に向けて」「新音楽における形式」「色彩の機能」の分析を進めた。(2) 2009年5月に東京オペラシティでおこなわれたCOMPOSIUMに参加し、ヘルムート・ラッヘンマンの音楽および音楽理論の分析をさらに進めた。演奏会プログラムのために執筆した解説文「ラッヘンマンの音楽」が公表された。そこで、ラッヘンマンの音楽が、アドルノが考えもしなかったやりかたでアドルノ美学に近づいていることについて、《アレグロソステヌート》を例にとりながら論じた。(3) 「多文化時代の芸術音楽」についての論考を執筆中である。アドルノは、西洋の芸術音楽への反省に徹していたが、不定形音楽の理念をさらに、非西洋の文脈にも開かれた理念として展開することをねらった研究である。
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