アドルノが1961年にダルムシュタット国際新音楽夏期講座でおこなった講演「不定形音楽に向けて」は、前衛音楽の歩みについて反省するうえでも、前衛音楽の行方について考察するうえでも、大きな意味をもつ。アドルノにとって不定形音楽musique informelleは、前衛音楽の在るべき姿として、自由な音楽をあらわす一つの理念であった。不定形であるとは、素材にたいして決まった図式が押しつけられるのでなく、素材のなかから未知の形式が引きだされているということであり、混沌にたいして出来合いの秩序が押しつけられるのではなく、混沌のなかから新たな秩序が引きだされるということである。すなわち、不定形音楽とは、そのように生じてくる音楽のことである。アドルノは「1910年前後」のシェーンベルクの「自由な無調」の音楽をその模範としながらも、時代が変われば、不定形音楽もまた違ったものになると考えた。このかぎり、不定形音楽は、つねに未来にひらかれた理念だともいえる。不定形音楽は、前衛音楽の一種というよりも、前衛音楽の本質規定である。本研究は、不定形音楽の理念がどんな歴史過程のなかで浮かび上がったのか、またその理念が、今日の状況においてどんな意味を持つのかを明らかにするものである。またこれによって、前衛音楽の歩みについて反省するとともに、前衛音楽の行方について考察するものである。
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