近世の狩野派研究において、従来ほとんど顧みられてこなかった肖像画について研究をすすめた。結果、成果として次の4点を挙げ得る。(1)近世初期の探幽、安信、常信を中心に書籍や図録掲載および展覧会などで知り得た肖像画のリストを作成した。これにより、彼らの制作の人的基盤がかなり具体的に把握できるようになった。その人的交流には従来、認識されていなかった人物、方面のものも含まれており、またこの交流は肖像画以外の彼らの作品の享受者、発注や制作事情の解明にも通じる。(2)として(1)のリスト化のなかから特に重要と思われる作品の実見・調査を行い、細部の写真データおよび作品の状態についてなどのデータを得た。あわせて関連の文字、画像資料を収集した。(3)有賛作品の一部について賛の翻刻、語釈、意訳をした。賛の読解は(1)の人的交流のありよう、その背景となる思想や嗜好、ひいては制作事情を考える手がかりとして重要である。(4)(2)の実見作品の一部について論文等で公表した。以上のように、今後の近世狩野派の肖像画ひいてはその作画全般について、極めて有効かつ基礎的なデータの蓄積が実現できた。ただし、肖像画は公的機関に所蔵されることが少なく、像主ゆかりの寺院や個人の所蔵であるものが多いこともあり、調査が実現できなかったものが比較的多い。そのため、個別作品研究が当初の予定ほどすすまなかった点を反省している。
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