本研究の目的は、ヴィグ共同体をはじめとするロシア正教古儀式派の手によるテンペラ画のイコンをとりあげ、同じ聖人をモチーフに描いた正教会のイコンや儀軌、写本の挿絵、フレスコ画などとの比較分析を通じて、聖人の図像における流派別、時代別変遷をを示すことにより、これまで殆ど解明さていない古儀式派のイコンの全体的な傾向と特性を明らかにすることである。本年度は、正教会と古儀式派の両方で崇敬された聖人であるマクシム・グレク(1470-1556)を分析対象とした。 はじめに文献資料の調査においては、北海道大学スラブ研究センター、ロシア国立レーニン図書館等で収集したマクシム・グレクの伝記や史料を分析し、正教会と古儀式派教会におけるマクシム・グレクの記述上の差異と、正教会の同聖人の扱い方の変遷を考察した。その結果、古儀式派教会では『ポモーリェの返答』(1723)などにおいて、マクシム・グレクを古儀式派信仰の正統性の証人としてとりわけ重要視していることが明らかになった。 次に、マクシム・グレクの図像については、ロシア国立歴史博物館所蔵のマクシム・グレクを描いたイコン5点を調査し、図版集等より収集した同聖人の図像18点と比較・分析を行った。 本年度の調査では、18世紀中期以降に制作された、髭をたっぷりたくわえた、いわゆる古儀式派的な特徴のマクシム・グレクの図像は比較的多く収集することができた。一方、同聖人の没後すぐに描かれた正教会の図像の調査が十分でなかった点が課題である。古儀式派的な図像が定着する以前に、マクシム・グレクがどのように描かれていたかを解明することが重要である。従って来年度は同聖人の図像が現存するザゴールスクの聖堂の調査を軸に、正教会における図像の調査を重点的に行う。
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