本研究の目的は、ヴィグ共同体をはじめとするロシア正教古儀式派の手によるテンペラ画のイコンをとりあげ、同じ聖人をモチーフに描いた正教会のイコンや儀軌、写本の挿絵、フレスコ画などとの比較分析を通じて、聖人の図像における流派別、時代別変遷を示すことにより、これまで殆ど解明さていない古儀式派のイコンの全体的な傾向と特性を明らかにすることである。今年度はこれまでに蒐集したマクシム・グレク(1470-1556)のイコンや挿絵、フレスコ画の図像分析を中心に行った。 現存するマクシム像は、18世紀以降の古儀式派によるイコンがよく知られている。しかしロシアにおけるマクシム崇敬のはじまりは、1589年のロシアの総主教座確立と関連したものであった。17世紀にモスクワのウスペンスキー聖堂ほかに描かれたフレスコ画のマクシムは、没後すぐに描かれた挿絵の描写とは異なり、聖人としての威厳が強調されている。これら17世紀のフレスコ画のマクシム像が、イコンにおけるマクシム描写の基本となったと考えられる。古儀式派のイコンでは、マクシムが持つ本に古儀式派の主張する2本指の十字や3回のハレルヤに関する記述がある、髭がより大きく強調して描かれるなどの特徴がある。古儀式派のイコンの全体的な傾向としては、空間や写実性を否定するより伝統的な描写のほか、テーマによる好み、古儀式派教義の強調などの特徴がみられる。しかし、古儀式派信徒は古儀式派の手によるイコンしか受け入れなかったが、国家教会の信徒は古儀式派のイコン画家が描いたイコンも受け入れたため、古儀式派イコン画家は両者のためにイコンを描く場合があった。従って、イエスの表記などの教義上の違いを除いては、古儀式派イコンと国家教会の信徒のイコンの絶対的な差異がみられない例もしばしば見受けられることが明らかになった。
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