研究概要 |
本年度は,「世阿弥の能楽論を一つの思想として捉え,その全体的な意味を文脈に即して読み解く」「能楽論を他の文芸論と比較し,中世文芸論の全体像に見通しをつける」という研究目的に添って,鋭意研究を進めてきた。その成果の一部は,「主に成る心-「有主風」の意味を巡って-」(『国際関係・比較文化研究』第六巻第一号(2007年9月))としてまとめた。この論文によって,世阿弥が能楽論の中心概念として使う「有主風」の意味を明らかにし,能役者の「主体」の持ち方についての,新たな視点を学界に提示した。また,その「有主」の用語の源が禅林の典籍にあることを証明し,そこから,中世文芸論全体の背後にある仏教思想を読み解いてゆくことを,今後の重要な課題として示した。その他,研究の成果を反映させるべく,博士論文(2006年3月博士号取得)の20年度内の書籍化に向けて、鋭意訂正を加えている。 また,研究の成果を大学の所属する地域に還元すべく,静岡県磐田市市民講座で,地元磐田にゆかりのある謡曲「態野」に関する講義を2回行った。その中で,態野御前の名に込められた「熊野信仰」の意味,曲終盤に出てくる「桜」に込められた「花」とシテの変容の意味について新たな見解を提示したところ,受講者の方から多くの興味が寄せられた。磐田市市民講座での謡曲の講義は20年度も引き続き担当ずることが決定しており,このような地域に根ざした能楽論及び謡曲の研究は今後も続けていく価値があると考える。
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