研究計画の最終年度として、金剛寺蔵〈佚名孝養説話集抄〉とその周辺資料の調査研究を継続して行うとともに、研究成果を学会に報告した。1.〈佚名孝養説話集抄〉の研究。翻刻を『伝承文学研究』58に掲載し、論考を『説話文学研究』44に発表した。本書所収説話は、『大乗毘沙門功徳経』など日本撰述偽経との共通点があり、日本における偽経の作成と享受、偽経と説話との関係についての問題を解明する糸口となる。所収説話のうち、親の没後の苦難を経て誓願を立てて転生するという型の話は、『法華経』『金光明経』等の大乗仏典における本生譚において菩薩の過酷な捨身的行為が強調されることと類似している。お伽草子などの「本地物」の前段階には、本書所収説話のような、初期仏教のジャータカとはやや異なる形の本生譚の存在を考える必要があろう。なお、ICANAS38(2007年)における口頭発表は、英語論文として提出済みであるが、2010年5月現在、刊行されていない。また、新出資料である金剛寺蔵『百願修持観』は、平安期の日本における菩薩行に対する一概念を示すものと捉えられるが、その論文(中国語訳)についても提出済・未刊である。2.関連資料の調査研究。〈佚名孝養説話集抄〉の類話を三話収める静嘉堂文庫蔵『孝行集』の調査、及び、金剛寺・金沢文庫の関連資料の調査を行った。金剛寺所蔵聖教のうち、料紙の質が近い文献については、透過光による繊維の比較調査を実施した。2008年度に龍谷大学古典籍デジタルアーカイブセンターの坂本昭二氏らと行った金剛寺資料12点(〈佚名孝養説話集抄〉を含む)の料紙分析調査の成果を日本文化財科学会において報告した。
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