平成19年度の研究成果は次の三点にまとめられる。 (1)本研究の基礎となるベンヤミンの芸術理論を「痛み」や「生」といった概念から分析した論文を発表した(研究発表欄参照)。ベンヤミンにおける「痛み」はつねに、二つの世界のあいだの敷居をまたぐという経験に基づいている。こうした敷居の経験の原型をなすのが、歴史的時間の始まり、およびそれと同時に起こる人間の不完全な言語の誕生である。敷居の経験は、ベンヤミンの芸術理論の根幹をも成している。ベンヤミンは、芸術家の課題とは、素材としての生を、それに死を与えることによって、芸術作品という枠内へと変換することとしている。つまり、芸術理論においては敷居の経験は、生から死への芸術的変換なのである。 (2)クレメンス・ブレンターノにおける子どもと言語の関係を明らかにするために、まずブレンターノの詩論を明らかにした(論文投稿済み)。「人形」と「死」をキーワードとして展開されるブレンターノの詩論は、(1)において明らかにされたベンヤミンの芸術理論と照らし合うものである。両者とも、素材としての生に死を与えることが、芸術作品を成立させる動力であると見なしている。さらに、ブレンターノが描く子どもが、19世紀のドイツ文学における一般的な捉えられ方とは逆に、楽園からは遠い存在であることを明らかにした(口頭発表済み、研究発表欄参照)。 (3)夏期にベルリンの国立図書館およびベンヤミン・アルヒーブで、1930年代のおもちゃの本や、ベンヤミンのベルリンの幼年時代に関する未発表の草稿等を閲覧・収集した。とりわけおもちゃの本については、(2)で挙げたブレンターノにおける人形のモティーフの分析に用いた。ベンヤミンに関する資料は、来年度以降に着手する予定の、追想によって作り出された子ども像・子どもの知覚の分析の際に用いる予定である。
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