平成20年度の研究成果は次の二点にまとめられる。 (1) 「子ども」と「言語」の関係が19世紀のドイツ文学においてどのように捉えられていたかを考察するため、クレメンス・ブレンターノの作品を取り上げて、そこに表われる詩論を分析した。ブレンターノの詩論は、芸術作品の素材たる生は、死を与えられることによって、芸術作品の連関のうちに表現された生となる、というものである。したがって、死体はブレンターノの詩論の核心をなす形象であるが、ブレンターノの叙述においては、死体は人形や子どもの形象と密接に結びつけられている。ブレンターノにおける死と結びついた人形が、当時の人形をめぐる言説のなかにどのように位置づけられるかを示した (研究発表欄参照)。 (2) 上記で明らかにしたブレンターノの詩論は、生を中心概念としてもつロマン主義の芸術理論よりもむしろ、生を死に変換するというモデルネのベンヤミンの芸術理論との親縁性を持っている。時代が異なる両作家の親縁性を、さらに子どもに対する関心という点から裏付けるための準備として、ベンヤミンの芸術理論を「小さいもの」という観点から考察した。ベンヤミンは幼年時代の記述を、「縮小して送ること」として捉えている。しかし、追想のなかで縮小された「小さいもの」は「ゆがみ」という否定性を伴っており、この否定性が、幼年時代の記述の完成 (送ること) を阻んでいる。ベンヤミンが幼年時代の記述を繰り返し書き直したことは、言語に付随するこの否定性は解消されないものであること、および、ベンヤミンがこの否定性を伴った言語を救おうとし続けたことを示している。子どもという視点からベンヤミンの芸術理論を考察することによって、子どもをテーマとするドイツ文学の作品 (ブレンターノやジャン・パウル等) の位置価を改めて検討するための足掛かりが得られた (口頭発表済み)。
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