D・H・ロレンスの『ヨーロッパ史のうねり』は、第一次大戦末期から終戦後に書かれた、ヨーロッパ史の概説書である。第一次大戦直前から戦後にかけ、ロレンス以外にも何人かのイギリスの作家たちが歴史書を書いている。R・キップリング『少年少女イギリスの歴史』(1911年、C・R・L・フレッチャーとの共著)、G・K・チェスタートン『イギリス小史』(1917年)、H・G・ウェルズ『世界史大系』(1920年)である。本研究では、ロレンスの『ヨーロッパ史』を中心に据え、このテクストを当時の文化的・政治的文脈のなかに位置づけながら、同時期に書かれた他の作家たちによる歴史書と比較しそのイデオロギー性を探った。 1910年の英国社会を覆った空気は、戦前の愛国主義の高揚から、大戦末期の厭戦気分の蔓延へと大きく移り変わっていった。この社会のエートスを反映し、大戦前から大戦初頭に書かれたキップリングおよびチェスタートンの歴史書は極めて愛国的なものとなっている。一方ウェルズの歴史書は、大戦の反省を踏まえた、平和を希求する内容となっている。これに対しロレンスの『ヨーロッパ史』は、一見平易な文章のなかに、戦争に対するアンビバレントな感情が刻み込まれている。そこにはあからさまに愛国的な記述はないが、対戦中に流布された国家イデオロギーの枠組みが時として現れる。また一方で、大戦末期に見られた厭戦気分もしばしば顔をのぞかせる。このように、『ヨーロッパ史』には第一次世界大戦を直接的に扱った章はないにもかかわらず、1910年代の英国社会に見られた、第一次大戦に対する相矛盾する戦争観が刻み込まれているのである。
|