平成19年度は、道具が身体の拡張として位置づけられ、それに応じ、道具を表すことばの文法的特徴も身体を表すことばの文法的特徴に同化することを明らかにするべく、次の5点について研究を進めた。 1 譲渡不可能物を表すことばを研究し、その文法的特徴を洗い直した。もともとは譲渡可能所有物でも、道具のように身体と一体化したものは譲渡不可能物扱いされるという「異物の自己化」の仕組みが明らかになってきた。 2 身体部位名詞は、どこまで再帰代名詞と文法的特徴が共通しているかという問題に答えるべく、束縛関係の適用範囲と照応詞の認定基準を検討した。現在は、照応関係を結ぶ表現の諸特徴を分解し、照応詞らしさの度合いを測る基準を開発している。照応関係には、同一節内で成り立つものと談話内で成り立つものがあるが、後者については研究成果を2回の国際学会において英語で発表した。 3 統語論と語用論の関係、および統語論と修辞の接点を検討した。慣用句の統語的特徴を分析し、修辞的表現に応用される統語的操作には、どのようなものがあるかを調査した。 4 語用論化(pragmaticalization)の知見を摂取し、会話の含意から慣例的含意への移行という視点から慣用句の成立過程を調査した。これについては、成果をEnglish Linguistics 24.1に掲載の書評論文として発表した。 5 人称代名詞に焦点をあて、指示の転移表現(reference shifters)について研究を進めた。直接目的語の位置の再帰代名詞が同一節内の主語の人の作品や、その人の像などを指すことがあるが、これは、再帰代名詞が譲渡不可能所有物を表す基本用法から拡張し、譲渡不可能所有物に隣接したものや譲渡不可能所有物の一部を組み込んだものを指す用法である。再帰代名詞の転移表現の用法と「異物の自己化」の関係について研究成果をまとめている段階である。
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