中国四川省甘孜蔵族自治州道孚県において、ダパ語メト方言およびスタウ語ゲシ方言の現地調査を行い、語彙・文法・民話の一時資料を収集した。収集した資料のデータ入力を行い、音声についてはWAVファイルの形でまとめ、他の研究者が利用可能な形式とした。これらはいずれも記述研究が充分になされていない言語・方言であり、今回、資料収集および公開を行ったことは、大きな記述言語学的貢献であると言える。さらに、これまでに収集した資料を分析し、地域言語学、チベット=ビルマ語派研究に関する先行研究も踏まえて、川西民族走廊の諸言語に見られる地域特徴の実体と、その形成過程に関する考察を進めた。その成果として、存在動詞を用いたパーフェクト構文に関する論文を発表した。また、国内外の会議において次のような口頭発表を行った。1つは、視点表示システムの特徴とその分布に関する発表で、系統的関係を超えて地理的に広がっている現象を明らかにした。さらに、動詞における方向接辞の存在と名詞句における起点・着点標示体系の相関について発表し、川西走廊諸語において起点を標示する小辞が固有のものではなく、それぞれの言語において借用や複合等の個別の方法で発達したものであることを明らかにした。このほか、ダパ語の人魚構文についての発表を行った。これらの成果および会議における討議を踏まえて、今後のさらなる研究発展の土台とするべく、資料冊子を出版し、関連分野の研究者に配布した。以上の成果により、四川省西部の同形多民族地帯に関する、言語を中心とする地域研究が大きく進展した。
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