本研究では、ブラジル人と日本人が共に働く組織において、インタビュー調査を実施し、インタビューの語りから、職場での行動規範がそこに勤務する人々のコミュニケーションの中で、理解、形成されていく仮定の一端を明らかにしている。 宮谷敦美(2009)「ブラジル人労働者の組織行動規範の理解過程-日本語能力との関連から-」『愛知県立大学外国語学部紀要(言語・文学編)』では、ブラジル人労働者の日本語能力が、職場における組織行動規範の理解に及ぼす影響を中心に記述を試みている。 分析の概要は以下の通りである。労働現場では、日本語が堪能なブラジル人通訳が作業ラインのブラジル人労働者に業務の指示などを伝えるため、日本語能力そのものによってブラジル人労働者への組織の行動規範の伝達を阻害されることはない。しかしながら、日々の日本人とのやりとりで注目されるメッセージとその解釈により形成されるブラジル人労働者独自の行動規範は、組織全体で認識されている行動規範と対立したものになっていた。 この行動規範の形成は、(1)日本人とブラジル人の雇用の形態、(2)日本人と自由にコミュニケーションをとれるだけの日本語能力を有している者と、有していない者がいるというコミュニケーション経路の制限の存在、の2点が主な原因であると考えられる。そして、このような対立する行動規範が同時に存在しうるのは、多文化・多言語組織の持つコンテクストの複雑さが根底に存在しているからであると考えられる。
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