研究最終年度にあたる本年度は、平安期古往来に掲載された内容と、平安貴族社会で実際に交わされた書状との関係について考察するため、延暦寺青蓮房旧蔵『不空三蔵表制集』『灌頂阿闍梨宣旨官牒』『諸仏菩薩釈義』紙背文書としそ伝来した藤原為房妻の書状(11世紀後半執筆)を検討した。為房妻はこれらの書状を通じて、妻として五位蔵人の夫の公務を補佐し、また夫や子のために延暦寺僧との関係を強化・維持することにつとめ、また家の荘園管理にも関与している。同紙背文書として残された夫為房の書状と比べると、漢文と仮名という違いはあるものの、内容・目的には大きな違いはない。さらに古往来『明衡往来』収載書状との対応関係についても、贈答時の送状・礼状や、年若い子息の代理での依頼状など、多数の共通点が見いだせる。すなわち古往来の内容は当時の貴族社会で実際に取り交わされた書状の内容を色濃く反映しており、それは男性官人に限らず貴族女性の書状についても当てはまると推測され、古往来は平安貴族社会の社会的関係を分析するのに適した素材であることが確かめられたのである。 以上の成果のうち一部は「平安主婦の書状生活-藤原為房妻の書状を中心に-」(お茶の水女子大学とUSC共同ゼミ「グローバル日本古代史をめざして」、2009年8月19日、於お茶の水女子大学)として口頭報告し、さらに同タイトルの研究論文として『大学院教育改革支援プログラム「日本文化研究の国際的情報伝達スキルの育成」平成21年度活動報告書・学内教育事業編』(お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科、2010年3月31日刊行)に発表した。
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