本年度は南アジアにおける宗教転換としてのイスラーム化を幅広い視野で考察するため、マカオに出張し、イエズス会によるカトリックミッションに関係する文献を調査した。また在宗教の信徒のイスラーム改宗や、イスラーム教徒による在来宗教の信徒の物理的排除、そしてイスラーム教徒と在来宗教の信徒との共生の問題を、イスラーム信抑戦士(ガーズィー)をめぐる伝説を手がかりに考察し、十七世紀に表されたペルシア語の聖人伝『マスウードの鏡』とそこに描かれた信仰戦士サーラール・マウスードをめぐる史実と伝説について調査した。その結果『鏡』に伝えられたサーラール・マスウード伝説が史実の上では十四世紀半ば頃にはじめて登場することを確定し、その時期の北インドにおける歴史認識との関連において、その伝説が当時のイスラーム社会の中で持ち得に意義を明らかにした。以上の成果は論文として公表した。なおその研究に際して『マスウードの鏡』や関連する手写本資料のマイクロフィルムをデジタル・スキャンに付する方法によって、新規購入の電算機を用いて効率的に整理・分析した。また手写本資料を解読した結果は、そのテキストデータを電算データとして入力し、今後の整理・分析の素材とした。また国外の最新の研究動向をフォローするため、南アジア史、イスラーム史関係の図書を購し、所蔵機関に備えた。なお上記の論文では扱うことが出来なかったが、この種の信仰戦士に対する尊崇がスーフィズム(イスラーム神秘主義)と密接に関連している可能性がうかがえたので、来年度はイスラーム神秘主義関係文献を主たる調査対象とする予定である。
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