2009年度は、唐宋の河南地域(現在の河南省と安徽省北部一帯)に関する政治史的視点、歴史地理学的・環境史的視点という所期のアプローチのうち、前者について論文一本とこれに関する一般向け論文を収めた編著一冊、後者については中国国家像の見直しに関する論文集の巻頭言として編著一冊、という成果を得た。 論文「程敏政の祖先史再編と明代の黄〓(篁〓)移住伝説」では、宋代以来徽州で語られた移住伝説について明代に出された異説、篁〓説について着目し、その提唱者たる明人程敏政の社会的実態および言説内容を考察した。「黄」の字は唐末「篁」の字から改称されたと主張するこの異説は、異郷からの帰還者である程敏政自身にとっては同族内での自らの優位を確立するために唱えたにすぎなかったが、他姓他宗にとっても黄〓(篁〓)を儒教的聖地ととらえる上では利用しやすい表象となったため、むしろ程敏政の死後に広く受容されていった。河南から徽州への唐末の移住が後代にいかに語られるかを考察した本論は、本研究課題にとっては唐末の実態とその言説とを明確に区分しつつ双方を追求する方法論として意義有るものであるとともに、宗族集団再編の新たな様式となった「聯宗統譜」の先駆者と言われる程敏政の社会的実態を明らかにし、またそのような人物に語られたものとしての篁〓説の特質を導き出しており、徽州研究、宗族研究などにとってき意義を持とう。 『歴史はもっとおもしろい歴史学入門12のアプローチ』所収の「論文までの迷い道」は、上記の研究に関連する現地調査での体験談を中心としたもので、通常の論文では語られない研究のプロセスをあえて紹介し、高校生・一般読者の歴史研究への理解を図った。 編集を務めた『宋代史研究会研究報告第九集「宋代中国」の相対化』では、従来の宋代史理解が同時代人の言説に規定されこれを当時唯一の中華王朝・正統王朝ととらえたことで看過されてきた諸問題を指摘し、契丹・金・モンゴル・高麗など周辺王朝に関する研究との対話の接点を模索した。そこで得られた展望と課題は、執筆を担当した序文において述べ、また本研究課題にとっては唐代ソグド人研究との接続の可能性について知見を得たことに意義があった。
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