本研究代表者はこれまで、ワイマル期ドイツの「右翼労働運動」の中でもナチズム運動の枠内で活動していた労働者組織について研究を進めてきた。このため、2007(平成19)年度においては、新たに「ナチズム運動外でナチ党員が関わった労働者組織」および「ナチスとは基本的に異なる右翼・保守的な労働者組織」に注目し、これらに属する具体的組織に関する史料収集およびその分析を進めた。 具体的には、当該時期のナチズム・右翼運動およびドイツ労働運動に関する国内外の研究文献を整備・講読していくとともに、8月下旬から9月中旬にかけて渡独し、ベルリンの連邦文書館(Bundesarchiv)や国立図書館(Staatsbibliothek)を中心に上記テーマに関する未公刊史料(組織規約、パンフレット類、内部文書、書簡、警察報告など)の調査・収集を行った。とりわけ今年度は、右翼労働運動の一組織である「フェルキッシュ労働組合」に関する史料を集中的に調査・収集した。この組織に関しては利用可能な史料が極めて限定的であったためこれまでほとんど研究蓄積がなかったが、今回の調査ではある程度まとまった史料を入手し、帰国後の分析の結果、ワイマル共和国末期に活発になるナチスの労働者政策の前段階とも呼ぶことができるであろう活動が、すでにこの「フェルキッシュ労働組合」を通して共和国初期段階には存在していたこと、従って、右翼サイドから労働者層への働きかけはワイマル期全体を通じて存在していたことが明らかになった。従来、労働者が左翼運動に結集する中でナチズム運動が左翼を制圧してナチス体制が築かれたという説明がなされてきた。もちろんこの説明にも妥当性があるが、右翼側から労働者への働きかけや右翼志向の労働者の存在も明らかになる中で、ナチスの社会的基盤や台頭過程に関しては、より複雑な構図が想定されることも同時に指摘されるだろう。
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