研究実施計画にしたがって、本年度は「保養地事業と景観」の問題を中心的に分析した。時期的には帝政期を主に論じた。とくに第一次大戦期の保養地ブームに焦点を当て、帝国の多様な景観がいかなる形で語られたかを分析した。その結果、保養地ブームのなかで称揚された祖国ロシアのイメージは、ロシア民族や大ロシア地域を中心としたものではなく、多様な地域からなる複合的な共同体であったことを明らかにした。ここで抽出された、「一体であると同時に複合的な共同体」としての祖国イメージは、ロシア史研究のみならず、ナショナリズム研究一般にとって、参照可能なものであろう。夏期にはウラジオストックに出張し、図書館で史料収集にあたった。冬期にはモスクワに出張し、図書館および文書館で史料収集にあたった。研究成果の一部は、論文「第一次大戦期ロシア帝国の保養地事業とナショナリズム」として公表した。 ソ連期に関しては、1930年代のモスクワ改造を素材として、学会報告「現代都市類型から見た20世紀モスクワ」を行なった。この報告は都市論の側から本研究課題を補足する試みである。具体的には、モスクワ改造における都市景観および身体観の変容を明らかにした。 さらに、ロシア革命を公民的ネイション・ビルディングの出発点とする観点に立ち、著作『革命ロシアの共和国とネイション』を公刊した。この著作の準備は、平成19年度よりも前から行なわれてきたものであるが、原稿執筆の最終段階において、本研究課題の遂行によって得られた、ロシア・ナショナリズムに関する知見を盛り込むことができた。
|