本研究は初期遊牧民(前期青銅器時代)の人骨における形態学的な特徴を明らかにし、同時期における定住民の人骨との形態学的な差異を明らかにすることを目的に進めてきた。本年度はヨルダン南部に位置する前期青銅器時代の定住民Bab edh-Dhra'(バブエドゥラー)遺跡出土の人骨資料を観察し、これまでに調査した同時期の遊牧民の人骨資料と比較した。本遺跡出土の人骨は、ヨルダン以外の地域の人骨資料と比較しても骨質が厚く頑丈な集団であり、特に下肢骨につてはピラスターの形成が著しく、全身が頑丈ではあるが、その中でも特に下肢の筋肉の方がより発達した体格をしていることが確認できた。全身の骨格を遊牧民の資料と比較すると、定住民は頑丈型、遊牧民は華奢型と大別できる。遊牧民の中でも眺望のよい場所に位置するTal' at Abydahケルン群出土人骨は、華奢型ながらも上肢に比べると下肢の筋肉の方がより発達した体格という定住民と同じような筋肉の発達のし方をしていることが確認できた。これは、従来検討してきた下肢が発達している遊牧グループは、遊牧に特化した生活をしていた可能性が高いという考えを否定するものとなった。遊牧に特化する生活は風除け壁(石組み)などを作成するため、遠くから砂漠の中に石材を運びこむなどの必要から、特に上腕部から肘関節の運動量が増えることで上肢が発達した可能性が推測できる。つまり、Wadi abu Tulay haケルン墓群出土人骨の方が遊牧に特化した生活をしていたと考えざるを得ない。一方の眺望のよい場所に墓を造るタラート・ラビーダの生活スタイルについては、今後再検討をする必要がある。同時期の同地域で遊牧生活を送っていた遊牧民は、埋葬方法だけでなく生活スタイルも多様化していることを確認できた。同時に、定住民と遊牧民には類似する生活スタイルがあった可能性が確認できた。
|