研究概要 |
本研究課題全体の目的は,日本の農山漁村における空間的な民俗分類体系の世帯差や個人差の実態を,詳細に明らかにし,あわせて民俗分類研究を主導したアメリカ文化人類学の理論や実証研究の学史的再検討を行うことである。 本年度の第一の成果として,民俗分類研究の基本的視点とも大きな共通点を持つ,人文主義地理学の視点と学史的展開について,日本と英語圏を対象として批判的に再検討した。具体的には,トゥアン,レルフ,レイの元来のアプローチと,フッサールとシュッツの現象学に立ち戻り,基本的な概念と視点を再考し,従来の学説の問題点を指摘しながら,人文主義地理学をより厳密に再定義した。すなわち,人間の実存空間やその表象にみる共同主観的秩序への注目,人間の理性と感性における普遍性の探究,内部の人間の視点に立った人文学的資料や現場調査資料の利用,人間科学の方法論の哲学的反省である。 第二の成果は,以前より継続してきた研究の成果の一部も受けた形で,丹後半島の定置網漁村,伊根町新井を事例として,高度経済成長期以前の生業空間の民俗分類体系と宗教的な場所における,性差と性別分業の実態を明らかにした。女性は主に農業と仏教行事に,また男性は主に漁業と神道行事に携わり,これに応じて分類体系の細分化の区域も異なっていた。新井の女性と男性は「公的空間」と「私的空間」の双方に関わりをもち,民俗分類体系や宗教上の知識に限れば,男女の関係は相補的であったといえる。本成果は,これまでの認識人類学において,ほとんど扱われてこなかった民俗分類体系の性差を,具体的な事例に則して示し,理論的にも,従来のフェミニスト地理学・人類学における「公的空間」と「私的空間」という概念区分自体が,高度経済成長期以前の日本の村落社会では適用が難しく,新たな理論枠組の構築が必要であることを指摘したものである。
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