研究概要 |
本年度は,村落空間の民俗分類体系のうち,各世帯・各個人の特徴や独自性が特に表れると予想される,耕地一筆一筆の名称である「筆名」について,2つの実証研究を行った。 第一の研究では,1960年代の長野県下諏訪町萩倉と京都府伊根町新井を事例に,筆名の命名基準について比較検討した。両集落では,耕地内外の地物との位置関係にもとづく筆名が最も多かった。1戸の耕作地が空間的に比較的集中していた萩倉では,道路などの耕地外部の地物を基点とした命名が多く,隣接する各耕地を明瞭に区別するために,植生・地形・地質・水質なども含めた多様な命名基準があった。急傾斜地の狭小な耕地の各小字に,1戸が1枚程度しか耕作しないことが多かった新井では,小字名がそのまま筆名となる例が多かった。 第二の研究では,滋賀県野洲市の小南・富波甲・木部各集落の各2戸を選定し,圃場整備事業を通じた筆名の変化を調査した。小南P家では,面積の小さな多数の筆が団地状に集中し,多彩な命名基準の筆名が存在した。整備後に面積値で水田の筆名がほぼ統一されたのも,大きな特徴である。小南X家も,水田所有面積が大きく,整備前後を通じて命名基準が豊富であった。富波甲Q家は,主に小字名を筆名に用い,現在は耕作委託によって筆名はほとんど使用しない。富波甲Y家は,小字名に加え旧小地名も用いていた点などが特色である。木部R家とZ家では,整備前後とも小字名がそのまま筆名になっていた。以上6戸の命名基準の共通点としては,圃場整備前後を通じて,部分全体関係(59例),空間的隣接(25例),示差的特徴(17例),時間的隣接(9例)という,4つの記号論的原理が使われていた点である。
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