研究の初年度に当たる今年の成果は以下のとおりである。 (1)研究枠組みの基礎固めとして、M.モース技術論を近年の科学技術をめぐる人類学、社会学、歴史研究の中に位置づける作業を行った。ここではモースの技術論を「効果」、「実践」といった概念に注目して整理し、近年の研究動向と比較してその今日的意義を明らかにした。 (2)事例データの検討による枠組みの検証。文献調査を中心にモースの技術論を整理する一方で、その経験的な妥当性を代表者がこれまで調査を行ってきたタイにおける機械技術の事例に基づいて検討した。ここでは、技術的実践の「効果」という概念が、技術を取り巻く物質的なものと社会的なものの接点を捉える上で重要な意味を持っことが明らかになった。 (3)人類学全体における技術人類学の意義の検討。年度後半には、大阪大学GCOEプログラム「コンフリクトの人文学」および京都人類学研究会が共催するシンポジウムに招かれ、技術人類学の立場から経済人類学および生態人類学の問題構成を再検討した。ここでは両分野の若手専門家と討議を行うとともに、参加者の間で「経済」、「社会」と呼ばれる領域を構成する物質的、技術的な過程に焦点を当てることの意義が確認された。また、技術人類学の視座が経済人類学および生態人類学の問題に新しい光を当てるものであることが明らかになった。 (4)研究成果の政策への応用可能性の検討。20年度刊行予定の発展途上国における産業スキルディベロップメントに関する教科書執筆に参加し、人類学がこの領域に果たしうる貢献について検討を行った。技術と社会の関係に焦点を当てる技術人類学は、開発経済学、労働経済学といった従来のアプローチを補うとともにこれらの分野と共同の政策提言に寄与することができることが明らかになった。
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