本研究の目的は、英国において博物館の設立をめざす町レベルのトラスト活動に焦点をあて、展示内容や方法だけでなく、設立場所、資金、社会関係の構築など多様な側面からその活動を詳細に分析することで、英国の文化遺産産業の根底にあるトラストの役割と文化遺産産業を通した「自文化」表現の過程を具体的に明らかにすることである。 本研究では、事例としてコッツウォルズ地域の町チッピング・カムデンにおける「コートバーン博物館」に関してインタビューと参与観察による調査を実施した。同博物館はイングランドの手工芸文化、とくに同地域で20世紀初頭に展開したアーツ・アンド・クラフツ運動を実践した芸術家の作品と現在その流れを継承する地域の芸術家の作品を展示している。この博物館のトラストである「手工芸ギルド・トラスト」は1990年に発足し、博物館設立構想は90年代後半にトラストと町の有志の間で生まれた。約10年かけて、同トラストは町でのトラストの認知度を高め、博物館設立に必要な経験やスキルをもつ人々に協力を求め、資金集めの活動を国内外で行った。そのような中で博物館設立につながるトラスト員によるソーシャル・ネットワークが構築された。現在、トラスト員13名が博物館の経営にあたり約40名のボランティアが受付を行い、その中の5名が同館を訪れる小中高等学校、大学の学生に対する教育プログラに携わっている。博物館設立までのトラストの活動と開館後のボランティアの活動は、同博物館が自文化を表現するさいの、アイデンティティ形成の基礎となる文化的、社会的、経済的要素と考えられる。同博物館を介した地域外に広がるアイデンティティ形成は、本研究期間終了後の2010年4月に同博物館が開始する「友の会」の活動を通してより顕著になると考えられる。本研究ではその点は期間中に具体的に明らかにできなかったため、今後の課題としたい。
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