今年度は、国際責任理論と管轄権理論との関連を検討するために、刑事法の域外適用法理における保護主義を取り上げて、歴史的な変遷を跡付けることで、国家責任法と管轄権理論との機能分化の過程について分析を行った。 保護主義の適用範囲については、国家の安全や通貨に関わる国家の利益が含まれることについて争いはないが、それ以外の利益を含めるかどうかについては、確立しているとは言い難い状況にある。特に、1980年代以降、麻薬の密輸やテロ関連行為などについても一部の国家が保護主義を「活用」するようになったのに伴って、適用範囲の問題が改めて浮上している。 こうした点を踏まえて、保護主義の生成と展開の過程に目を向けるならば、19世紀には、自己保存権の一つであるとか、緊急時における国家の復讐の権利(droit de vengence)の復活であるとして、したがっていわば法の「外」にあるものとして論じられていた国家の利益保護のための管轄権行使が、20世紀前半には、一定の制約に服するものとして-少なくともそうした制約が模索されるべきものとして-論じられるようになったことを、指摘できる。その原因として指摘できるのは、19世紀には、国家の利益保護のための管轄権行使が影響を及ぼしうる対象は、犯罪行為が行われた領域国の主権であると-極めて漠然とした形で-見なされていたのに対して、20世紀前半には、かかる対象は行為者個人の権利へと転換していることである。これは一方で、絶対的な主権概念が維持できなくなったことによるとともに、他方で、国家とは区別される私人の概念が発達し、したがって私人を直接の対象とする管轄権の行使が責任論とは機能的に分化したことを示すものであり、こうした歴史的展開を踏まえて、現代的な現象を分析することの必要性が指摘された。 この分析結果は、残念ながら今年度中に公表するには至らなかったが、近刊の岡山大学法学部60周年記念論文集にて公表する予定である。
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