本研究は、近時、わが国において議論の対象となっている信託の「倒産隔離」機能について、比較法の分析を踏まえた総合的検討を目的とするが、本年度は、当初の予定通り、(1)我が国おける信託をめぐる議論の集積、(2)006年12月成立の新信託法の特質、(3)19世紀中葉以降のドイツにおける「信託(Treuhand)」議論の展開にういて、資料を収集し、分析を加えた。このうち、(1)及び(2)については、具体的な研究成果として「民法と他領域(6)信託法」と題する雑誌記事を執筆した。これは、信託という法制度が民法を中心とする法体系の中でいかなる特殊性を有するかを明らかにしたものであり(受託者破産の局面が主要な特殊性である)、さらに、それらの特殊性が旧信託法と新信託法とでどのように異なるかについても検討を加えた。(3)については、19世紀末までのドイツにおける議論をまとめたものとして「受託者破産時における信託財産の処遇-二つの「信託」概念の交錯(3)」を公表した。ここでは、これまでわが国において漠然と「ドイツ法における信託」と呼ばれていたものの淵源を明らかにした。この検討を前提として、20世紀以降の立法・判例・学説の展開を追跡することで、これまでわが国において十分に意識されてこなかった、ドイツ法の「信託(Treuhand)」概念の展開に関する連続性・不連続性を明らかにできると考えられる。そしてその知見がイングランドの「信託(trust)」との比較の前提となる。さらに本年度は、日本私法学会大会において個別報告を行い、以上の研究成果について国内の研究者と議論の場を得ることができた。そこでの質疑は、今後の研究にとって有益な示唆を与えるものであったと考える。
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